第10話 現実
医療 小説 循環器 医師 患者 医学 ノベル ライトノベル 病院 < 「鈴虫だろうか?」 どこからともなく小鈴を振った時のような音が聴こえてくる気がして月島は眼を開けた。寝ていたのか、既に起きていたのかは自分でもよく分からない。部屋は深海のように暗く静まり返っている。西面にある二つの小窓から月明かりは差し込んでいない。南側の大きな窓はシャッターが閉められている。きっと日はまだ明けていないのだろうと月島は予想した。寝不足感があるわけではないので、さしずめ朝の四時あたりか。 枕元に置いてある目覚まし時計は、上部にあるボタンを押せば現在の時刻をデジタル数字で表示してくれる。正確な時間を確認しようかとも思ったが、少し迷った末、結局ボタンは押さないことにした。つい先ほどまで月島がいた世界感の余韻をもう少し楽しみたいと思ったからだ。 そう、彼は夢をみていたのだ。現実とは似ているようで似ていない、一風変わった、それでいて少し愛らしい夢である。月島は静まり返った暗闇の中でひとり、そのストーリーを初めから思い出してみることにした。 * 舞台は病院である。しかし月島が働いている都会の総合病院、モカネ病院とは少し違う。どのように違うのか問われると困ってしまうが、確かに何かが違うのだ。そして夢の中のこの病院は、新たに開院するのを待っている新病院のようだ。そういえば現実世界のモカネ病院も将来の建て替えを想定して、現在は細部を調整中である。例えば各診察室に手洗い場を付けるのか、待合の椅子はどのように配置するのか、などである。実際の建て替えは三~四年先になる予定であるが、既に大まかな配置は固定されている。どうしてこんなに早くから確定する必要があるのかと思うが、専門家からそんなものだと言われると、そんなものなのかと変に納得してしまう。こだわらない領域はとことん気にならない。月島はだいたいそういう考え方をする人間なのだ。 彼はその新病院の中の総合医局にいた。幾何学的に美しく並べられた新しい机の上にはコンピューターが置かれ、その背部には二段の本棚もセットされている。椅子の背もたれと座面には同じ柄の布製クッションが貼られ、...